◆教育の現場(教師)が期待する小児科医(2001年1月発表)


本論文は、雑誌「小児内科」(東京医学社発行)の2001年1月号(第33巻第1号)に掲載されたものである。
なお、筆者の明星学園小学校・阿子島茂美教諭は、特定非営利活動法人発達共助連の副理事長でもある。
小児科内科 Vol.33 No.1, 2001-1

<小児科医のアイデンティテイ>
教育の現場(教師)が期待する小児科医
阿子島茂美

●はじめに

一般的に、小児科医と学校現場とが直接関わることは少ない。しかし、就学期における発達相談や、低学年の児によく現れる、頭痛・腹痛・発熱などの身体症状を伴った不登校、または学習障害(LD)や注意欠陥多動障害(ADHD)などの認知障害の診断など、医療との連携なしでは充分教育が成り立たない分野がある。ここでは教育と医療との治療教育的な関わりを述べてみたい。

1.医者の言葉の重み

学校現場にいて感ずるのは、保護者が受け取る医者の言葉の重みである。善きにつけ悪しきにつけ、医者の言葉は大きな影響力をもつ。
たとえば、不登校の初期には身体症状を呈することがある(図)。頭痛・腹痛・発熱・悪心などがあると保護者はまず医療機関を訪れる。そのとき「身体面では異常ありません。気持ちの問題です」と言われるのか、「ちょっと様子をみてみましょう。回復が遅いようでしたら、専門の機関を紹介しますよ」と言われるか、この差は大きい。保護者が適切な判断をしていくために小児科医の言葉は重要である。核家族化の影響により、自然治癒力が望めなくなっている現代においては、治療やカウンセリングなど不可欠なものになってきている。
就学相談などで、仮に小児科医が「この子は普通学級の中で育てていくのがよいです」といった思いを語ったとすると、保護者はその言葉を何にもまして、重く受け止めるであろう。しかし、現在の学校教育にはさまざまの形態の教育システムがあり、その子がどのような教育機関を選択すべきかの判断は多くの資料や情報を得たうえでなされるものであろう。そのチャンスを、医者の言葉の重みゆえに失ってしまう可能性が高い。
医療と教育の分野が互いをよく知ったところで、就学相談が行われるようしていかなければならないと考える。

  図・不登校児の初期症状(岡崎ら・末尾の参考文献欄参照)

2.学習障害児への対応

最近、学校ではLDやADHDの子どもたちのことがクローズアップされてきている。教室には2〜3%のLDの子どもたちがいるといわれている。昨年7月には文部省に対して学習障害児に対する指導についての最終答申(表1、2)もあった。LDやADHDという特性をもった子どもたちは、多動であったり、学校生活になかなかなじめなかったりと、いろいろの不適応を起こす。学習面では、たとえば4文字熟語に詳しいのに500円が100円5個と同じということがわからなくて、自動販売機の前でたたずんでいたり、あんなに計算ができるのに机の中をごみ箱にしてしまったりする。ときには友達とけんかをするが、原因を聞いてみて、回りの子はあっけにとられてしまうようなこともある。
この子たちも小児科医を訪れることがよくあると思われれる。多動ゆえに怪我が多かったり、言語面の遅れの受診であったりするが、小児科医の適切な判断があれば、教育機関や療育機関に結びつけていくことができる。LDの子どもたちは早期に療育が開始された場合には、社会への適応度は大きく伸びていく。それゆえ、医療機関・小児科医の役割は大きいといえる。

3.5歳児健静の実施を

発達障害をもった子どもは1歳半健診や3歳児健診で診断されることが多い。しかし、LDやADHDの子どもはその時点では診断が難しい。しかし、6歳となってから就学児健診でLDが疑われたとしても、小学校入学があまりにも目前に控えており、治療教育が施される時間もなく、保護者の戸惑いが残るだけである。5歳児の健診が実施されれば、時間的な余裕もあり、療育へと結びついていく可能性が高くなる。学校に入学して、不適応を起こすリスクは少なくなる。
また、小学校低学年での不登校を起こす子どもも幼稚園や保育園の時代に何らかの兆候がある場合が多い。たとえば、5歳までに身体的な異常がなく、登園に際して頭痛や腹痛などを訴えている場合、将来の不登校の可能性を考慮し、対応がなされれば、やはり小学校入学後の不適応を起こすリスクも少なくなる。
以上、身体的な発達面だけでなく、精神発達面での健診を考えるのに、5歳児は一番妥当だと考える。

4.小児科と教育現場との連携を

小児科も教師も子どもの心身のすこやかな発達を支援することを旨として子どもたちと関わっている。医療と教育の狭間にいる不登校や発達障害、なかでもとくに注目を集めているLD、ADHDの子どもたちに対する対応は医学と教育の学際的なアプローチ、連携を必要としている。
診断が家庭に的確に伝えられるだけでなく、保護者の同意のもとに学校にも伝えられ、連携がとれたとき、子ビもをとりまく大きな環境−「家庭」と「学校」−が動き出し、子どもの心身を巡ってのさまざまな問題が解決の方向に向いていくと考える。

参考:文部省に対して学習障害児に対する指導についての最終答申から

参考1:学習障害の定義
学習障害に対する指導について(報告):学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導に関する調査研究協力者会議、平成11年7月2日学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害、などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。

参考2:学習障害児に対する指導の形態と場
学習障害児に対する指導について(報告):学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導に関する調査研究協力者会議、平成ll年7月2日通常の学級における指導
学習障害児の多くは通常の学級に在籍していることから、これらの児童生徒に対する指導は、中間報告で指摘したとおり、通常の学級における指導を基本に対応していくことが重要である。
具体的には次のような方法が考えられるが、学習障害児の指導を担任のみに委ねるのではなく、学校全体で取り組むことが重要である。このため、校内研修会等を通じて学習障害児の抱えている困難について教職員が共通理解を深めるとともに、学校全体の支援体制を構築する必要がある。
(1)担任が配慮して指導
(2)ティームティーチングによる指導

文献
1)田原卓浩、伊澤正雄、阿子島茂美:医師・カウンセラー・教師による不登校のチームアプローチ.小児内科28:700−703、1996
2)岡崎実、他:不登校児に対する初期対応の検討.小児保健研究55(4)、