◆子どもの心のケア−問題を持つ子の治療と両親への助言
 −<LD>

本論文は、雑誌「小児科臨床」Vol.54 増刊号2001年に掲載されたものである。
なお、筆者の一人・奥村朋江さんは、、特定非営利活動法人発達共助連の理事でもある。

子どもの心のケア−問題を持つ子の治療と両親への助言−<LD>


                      小児科臨床別刷54:2001−増刊号
     石崎朝世 (社)発達協会王子クリニック
     奥村朋江  国立大蔵病院小児科成育心理外来
          (社)発達協会王子クリニック

I.槻念および定義

平成11年7月に文部省の「学習障害およびこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」報告書では,「学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する,または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困発を示す様々な状態を指すものである。学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が,直接の原因となるものではない。」と定義された。
さらに留意事項として,注意欠陥多動性障害(ADHD)や広汎性発達障害が学習上の困難の直接の原因である場合は学習障害ではないが,ADHDと学習障害が重複する場合があることや,山部の広汎性発達障害と学習障害の近接性に鑑み,ADHDや広汎性発達障害の診断があることのみで学習障害を否定せずに慎重な判断を行う必要があることが付記されている。
学習障害(Learning Disabilities:LD)は,さまざまな状況で上記定義のごとき状態を示すものたちへの理解と対策が必要であるところから生まれた教育用語であり,医学用語ではない。
医学用語としては,ICD-10の会話および言語の特異的発達障害のうちの表出性言語障害と受容性言語障害(A)と学力の特異的発達障害(B),あるいはDSM-IVのコミュニケーション障害のうちの表出性言語障害と受容一表出性言語障害(a)と学習障害(Learning Disorders)(b)がはぼこれに相当するが,全く一致しているわけではない。
(B),(b)はさらに読字,算数,書字の障害,その他,混合性(ICD-10)(*1)あるいは特定不能(DSM-IV)(*2)と分類されている。また,医学用語では,(A),(a)の場合は,広汎性発達障害が除外診断になっていて,(B),(b)では除外診断になっていない。
すなわち,(B),(b)では広汎性発達障害があっても重複して参断できることになる。コミュニケーションの障害が障害の中核部分である広汎性発達障害では,当然コミュニケーション障害を持ち,その機序も特異的発達障害のそれとは違うとも考えられ,(A),(a)よりも広汎性発達障害の診断が優先される。しかしながら,対人関係の希薄さなどの他の症状に比べ,際立って言語障害が強い場合があり,その場合は,重複して障害されているとした方がよいのではないかと筆者は考えている。

II.原因

LDは,何らかの中枢神経系の障害を基盤に認知過程が障害されているものと考えられる。原因として,低出生体重,てんかん,脳の器質的疾患が示唆される場合もあるが,多くは原因不明である。
SPECTやPETなどの画像検査では,言語性意味理解障害例で左側頭葉の機能低下,視覚認知障害例で左後頭様内則面の機能低下が推測されたり(*3),あるいは神経生理学的検査では,LDの脳波で左半球機能の異常が指摘されたり,読字,書字障害のP300は,左中心部,頭頂部の振幅が低いなどの報告がされ(*4),症状に応じた大脳局所機能障害が推定されている。
しかしながら,LD児では,どのような能力の障害を持つにしても,ADHDと重複していることが少なくない,あるいは,広汎性発達障害と近接した症状をもつ場合もある。また,しばしば,発達性協調運動障害を有している,など,共通の問題も持っている。このことから,原因は,脳血管障害などから生じる多くの成人の認知障害のように大脳局所の障害のみでは説明がつかない。このことについて,小脳および大脳基底核と認知,精神機能の研究,LD・ADHDおよび小脳と大脳基底核の神経生化学的研究が,さまざまなタイプの学習障害の共通の問題を解く鍵になると思われる。
小脳と大脳皮質との双方向性の線維連絡の存在が,小脳の運動機能のみならず,高次の認知機能への関与を示唆し,特に前頭前野との線経連絡が認知機能との関連で重要視されている。機能画像検査で課題処理時の小脳の賦活が確認され,小脳萎縮で基底核や大脳皮質の血流低下が報告されている。小脳の認知過程への役割の代表的な仮説としては,大脳で広く分散した認知処理過程(刺激受容,記憶維持,記憶想起,反応など)をまとめるという処理の協調化があげられている(*5)。
 また,大脳基底核は,中脳からの感情的な動機付けの情報を使って,大脳皮質からの理性的な認知の情報に「意味」を与え,それらを統合するために重要な役割を果たしているとされる(*7)。
ADHDや広汎性発達障害でも小脳機能障害の関与が示唆されている。ADHDでは,特に神経伝達物質のドパミン,ノルアドレナリン機能の低下が示唆されているが,LDでもADHD同様ノルアドレナリン代謝産物のPhenylethylalanineが低下していたとの報告もある(*6)。ノルアドレナリンは青魂三核からの小脳求心路の伝達物質とされ,ドパミンは基底核の運動コントロール機能の他,前頭葉および基底核の精神機能とも関連した伝達物質として注目されている(*7)。
 以上より,情緒面,運動面,社会性の問題を種々の程度に有する認知の障害と考えられる学習障害では,大脳局所の問題の他,ドパミン,ノルアドレナリン神経系やそれらと関連した小脳および大脳基底核の機能障害が原因として推測される。

III.症状

定義に示されるように,LDでは,全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する,または推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す。
このためにLD児は学習に支障をきたすが,その影響は日常生活にまで及ぶことが多い。うまくコミュニケーションできず友達ができない,物事をうまく推論できず適切に行動できないなどである。
このような子どもは,一部の能力のみが劣っているので,周囲にそのことがわかりにくく,一部の能力が発揮できないのは,なまけているから,わざとやろうとしないなどと思われていたり,また,不得意な部分が目立つために,知的発達全体が遅れていると誤解されて,不適切に対応されス書トレスを貯めていることがある。苦手意識のため,苦手な学習や作業を拒否するようなこ次的な問題も出てきやすい。
 さらに,LDでは,前述のごとく,ADHDあるいは発達性協調運動障害がしばしば合併している。この場合,ADHDの症状として,多動,不注意,衝動性,易興奮性,あるいは発達性協調運動障害の症状として,著しい不器用,バランスの悪さなどがあり,学習や学校生活への適応をより困難にしている。また,明らかな広汎性発達障害であれば単にLDであるとはいわないが,広汎性発達障害に近い対人関係の薄さをもっているものも少なくない。

IV.診断

定義を念頭に置き,合併障害を含めて診断する。また,指導に役立てるためには,定義のごとく,聞く,話す,読む,書く,計算する,推論することの障害はあるにしても,どのような機序でその能力に支障を来しているのかを知る必要がある。
その機序と関連した分類の一つに,LDを,まず言語性LDと非言語性LDに二分し,言語性LDは,@聴覚性言語障害,A視覚性言語障害,B算数障害に分けられ,さらに@は言語の理解と表出の障害,Aは読字障害,書字障害,Bは量的な思考の障害と計算障害に分け,非言語性LDをC視空間認知の障害,D運動能力の障害,E社会的認知の障害に分けるというものがある(*8)。なお,ここであげた,運動能力の障害は合併障害とした発達性協調運動障害と同義である。ただし,非言語性LDについては,「学習」以外の問題を広範に含み,また社会的認知の障害に至っては広汎性発達障害の社会性の問題との混同が避けがたいため,その分類への批判がある。
鑑別診断,合併障害として検討すべきものとして,精神遅滞,ADHD,広汎性発達障害,発達性協調運動障害,稀ではあるが,てんかんのために学習の問題を起こしていることがあり,鑑別を要する(*9)。
従って,診断のためには,問診,行動観察,神経学的診察に加え,心理発達検査が必須である。
心理発達検査で最もよく行われる検査は,ウェクスラー式の知能検査(WIPPS, WISC-R, WISCIII, WAIS-R)であるが,情報処理過程に焦点をあてたK-ABC心理・教育アセスメントバッテリーやITPA言語学習能力診断検査,視知覚運動系の検査としては,グッドイナフ人物画知能検査,フロステイツグ視知覚発達検査など,また,必要に応じて学力テスト,読書カテストも行われる。その他,高次機能検査の基礎として,利き手,ソフトサイン,左右認知は確かめておく。視力,聴力に問題がないかをチェックすることも忘れてはならない。さらなる医学的検査としては,てんかん性異常の有無をみるため,脳波検査を行い,脳の器質的障害が疑われたら,CT・MRIなどの画像検査が必要である。

V.治療および対応

1.LDに対する治療教育

治療教育では,学力指導(学習指導)の他に,対人関係をより円常に結べるように,ソーシャルスキル・トレーニング(SST)を並行して行う場合が多い。ボディ・イメージの形成や協調運動をスムーズにするために,感覚統合や作業療法的なプログラムが有効な場合もある。
また,LDは叱責される経験が日常的に多くなりやすく,失敗経験も数多いため,自己評価を不当に低下させてしまい,極端に自信をなくすといった問題も生じやすい。そうした心理的な二次障害への心理的あるいは精神医学的ケアがより優先的に必要になるケースもある。
さらに,LDへの援助を考える時に,発達段階ごとに取り組むべき問題の領域や適切な指導の方法が異なってくるということを念頭に置く必要がある。児童期には学力指導やSSTが大きな役割を持つ。思春期においては学力指導よりも,むしろSSTや,障害受容を含む自己受容を促すための心理的援助が必要になってくる。青年期に向けて性的な興味への適切な対処や,自分なりの余暇の過ごし方を見つけることに援助が必要な場合もある。
また,青年期では深刻な就労の問題が生じるため,自らの適性の理解を促すような関わりや,ジョブ・コーチを活用した職業訓練などの適用も考慮されるべきことが,近年我が国でも指摘され始めている。
学力指導での基本的な方略は,対象児の認知特性をよく把握し,得意な能力を用いて苦手な部分を補う方法を採用することである。対象児が興味・関心を持つ題材を学習に柔軟に取り入れることもポイントになる。
また,合併している発達障害として,ADHD,発達性協調運動障害や広汎性発達障害との近接性の有無を検討し,それらへの対応をも考慮にV)れてアドバイス・指導する必要がある。

2.LDの教育現場の実際

LDは学校では通常学級に在簿する者がはとんどだが,一斉授業による学習には困難が大きい。
通常学級でもLDやその周辺児が学習し易いよう,ティーム・ティーチング(TT方式)が有効に利用されている学校もあるが,文部省は平成5年から通級による指導を制度化し,現在LDを含む軽度発達障害児が通級指導を受けている場合も見られる。
 通級とは,一定時間のみ通常学級から他教室に通って,個に応じた教育を受ける体制である。平成8年からはLDの専門家による小・中学校の定期的巡回指導事業の開始を初めとして,近年通常の学級でもより適切な指導が進められるよう行政的な取り組みもなされてきている。
LDへの対応にはLDという障害への援助者側の専門的知識が非常に重要である。LDに対して,法的な保障の下に障害認定と個別教育プログラム(IEP)が実施されている米国では,学校教育の中で,チームアプローチによるLD判定とIEPの作成と実施,評価が義務づけられている。
本邦では,LDがどうにか認知されるようになり,IEPの考え方も普及してきたが,実際の教育現場で専門知識やIEPなどが十分活用されるには至っていない。そのためもあり,LDへの具体的な対応には地域の医療機関,福祉機関,療育センター,民間指導機関などが果たす役割が大き
くなっている。

3.薬物治療の役割

LDの多くの問題点が薬物治療で改善するわけではないが,情緒・行動の問題が著しい場合,薬物療法により,問題を軽減することが可能である。とくにADHDを合併している場合は,薬物治療(主に中枢神経刺激剤)により,集中力を高めることで,本人の能力を出来るだけ引き出すことが可能となり,多動や衝動佐を押さえることで集団生活に適応できやすくなる。
一部のLDでは,認知処理過程そのものの改善も推定され,書字,絵画描出,作文,算数課題の一部などの改善がみられることがある。
 その他,二次的に生じた心理的障害や精神医学的な問題について,カウンセリシグや精神療法的アプローチに加え,抗不安薬,睡眠薬,抗精神病薬などの向精神薬治療を行い,日常生活への適応がよくなることもある。ただし,薬物治療は慎重を期すべきであることはいうまでもない。
筆者は,不安をとり,気持ちの安定をはかりやすい漢方薬(抑肝散,小建中湯など)をしばしば使用しているが,効果を認めることが少なくない。

〔事例1〕

・男児,14歳,問題行動が目立ち築物療法を行った例
乳児期は,手がかからず,人見知りはなかった。指差しは少し遅れたが,視線が合わないことはなく,ことばの発達も遅れはなかった。
 歩き出してからは多動が目立った。幼椎園では,一人で遊ぶことが多く,ルール遊びはやや苦手だった。小学校1年では,離席が目立った。2年ころから,離席はなくなったが,学習についていきづらく,落ち着きがないことから,友達にばかにされるようになった。5,6年では,他児へのチョッカイが多く,掃除などに参加できないなど行動面の問題を指摘されることが多くなった。
学校と家族で話し合いをもち,カウンセラーともかかわったが,状祝はかわらなかった。中学生になって,専門病院でADHDと診断された。
 家族が,それを理解して,やみくもに叱責することを止めたら,多少落ち着いた。しかし,友達の中では浮いた存在のようであった。中学2年,3年と虚言,盗みなどの問題を起こすようになり,対応の相談のために来院した。

@診察および心理検査における特徴

目立った多動はなかったが,診察時,体のどこかは動いていることが多く,注意は逸れやすいようであった。手先の不器用さもめだっていた。本人は,盗みは良くないと思っていて,そのような衝動を押さえたいと訴えた。
 WISCIII(図1)で言語性IQ108,動作性IQ76,作業的な能力,状況の理解,視覚的な認知力の低さが推測された。一方,算数,聴覚短期記憶以外の言語性能カは概して高かった。以上よりADHDおよび非言語性LDと診断した。


A治療および対応

家族へこのような能力のアンバランスを伝え,ことばではかなり理解カが高いものの,見ただけでは状況が判断しづらいこと,不器用で努力しても作業が遅くなりがちになること,また注意力が弱く衝動に負けやすいという特徴があることを伝えた。場にそぐわない行動をとってしまって,ことばで取り繕ってきた可能性や,友達についていきづらい劣等感からストレスも強いだろうと話し,このことを理解した上で,本人なりの努力を評価したり,本人がわかりにくいことは,わかりやすく教える必要があるとアドバイスした。
本人にも,このような特徴をもつ体質であると伝え,苦手なことは恥ずかしいことではない,分らないことは聞けばいい,苦手なことがあっても努力することは,努力しないでできてしまうよりすばらしいこと,そして,この問題は乗り越えられるはずであると話した。
 その上で,中枢神経刺激剤(リタリン)を処方(朝,昼1錠)した。その後,多少集中力の弱さはあるものの問題行動はなくなった。学力の向上もみられ,表情は明るくなったようである。

〔事例2〕

・男児,9歳,読み書き算数が困難で学力指導を行った例
乳幼児期の発達では,発語が1歳半と少し遅れただけで大きな問題はなかったが,保育園では,身辺面のことが年齢相当にできず,また,癇癪をおこしやすかった。
 小学校就学後,学習面の問題が明らかになり,「いくら教えても全くひらがなが読めない,数が数えられない,ちえ遅れなのかを知りたい」を主訴に,6歳(小学校1年)で来院した。
@心理検査から推察できた認知特徴
WISCIII(図2)での全検査IQは69だが,言語性IQ89と動作性IQ54と,両者に著しい乖離が認められ,全検査IQ自体は意味を持ちにくい。
 またWISCIIIの群指数<言語理解>が100,K-ABC(図3)における<なぞなぞ>が標準得点114とあることからも単純な軽度精神遅滞とはいえない。以上から,LDとしての理解が必要と思われた。
得意なところは,ことばを扱う力である。ことばの理解と表現,ことばの観念の形成,ことばを用いての思考能力などは,年齢相応,またはそれ以上の力を持つ。一方,目で見たものを理解する力はかなり弱い。また,形の構成,図形の視写など目と手の協応も年齢から期待されるよりも著しく弱い。形や線がまとまりとしてうまく見えておらず,筆圧は強かったり弱かったりと不安定である。読み書きや描画の困難の背景には,視空間認知の弱さに加えて,手先の不器用さも影響していると考えられた。また,数が数えられないことの背景に,音の聴覚的短期記憶の弱さが影響していると考えられた。長い教示やなぞなぞを聞いてのことばの意味記憶は強いものの,系列化した数字や単語を正確な順序で記憶し再生するのは困難なのが特徴的であった。

A対応

i)環境の調整

 家庭に対しては,「育て方が悪い」と責められ続けた母親の情緒面に対するカウンセリングを行うと同時に,本児の得意一不得意の特徴を説明した。
 その上で,生活の中で楽しみながら手先を使う経験を増やすこと(料理,皿洗い,米とぎなど)が協調運動の訓練となること,お手伝いをした時にほめられることは本児の自信を回復することにつながることなどを伝え,具体的な課題を提案し,家庭での日常生活の中で取り組んでもらった。
生活の中での課題記録表(本児が自分で選択した宿題に取り組めたか,毎日○×をつける表)を導入し,本児の頑張りを具体的に両親と指導者の両者でほめる材料とした。また,通級制度の利用を勧め,2年時より利用開始した。
学校に対しては通常学級担任教師にコンサルテーションを行い,理解できても読み書きが不可能なことで参加できない状況をなくすため,テストなどは「代読」を,テストや作文では「代筆」をできる範囲でお願いした。また係活動などを通じて本人の頑張りを意図的にほめてあげて欲しいことを伝えた。通級の担任とも手紙で指導方法についての情報交換を行っている。

ii)学力指導

週1回60分の指導を1年生時より開始し現在も継続中である。読み,書き,算数の3領域の指導を行っているが,紙面の関係上,ここでは読みの指導経過のみ概略を示す。
ステップ・I:ひらがなの一文字一音対応のルールを学ぶ(2音〜6音の単語)
 一つの音が一つの文字に対応するルールづけを行うために,ことばを発音した際の音の数だけシールをはる作業を行った(「はと」の絵を見て「は,と」と発音しながら,絵の下に丸のシールを2つ貼る等)。
ステップ・II:ひらがなの単文字の形をことばの説明からつかむ,単文字を読む
 単に「形をよく見る」ように指導するのではなく,本児の得意なことばを用いて,ひらがなの形態の特徴を言語化してとらえる方略をとった。市販の文字かき遊びかるたを用いた(例:「に」は「たて1本,よこよこ2本,にわとりさんのに」)。指導者とのかるた取りの競争を好み,くり返し行った。
ステップ・III:ひらがなの単語を読む(2音〜6音)
 形態認知の弱さを補うために大きな文字で書いた単語カードを作り,最初は別のカードで文字を隠しておき,カードをずらしながら1つずつかなを見せて読む練習をした(一度に単語全体を見るとどこを見てよいのかが分からなくなるため)。
1音1音の想起に時間がかかり,読後に音のまとまりを思い出せない特徴があった(「りす」では「り……す‥…・りんす?りんごす?」など)。
ステップ・IV:音韻の抽出,音韻から単語を構成する(2音〜6音)
 ステップ・IIIでの問題点を補うために,文字を並び替えた単語の構成,しりとりなどの遊びを行った。単語の音の順序を考えるのに非常に苦労していた(単語カードを一音ずつはさみで切り,一度バラバラに置く。それらをまず見本を見ながら,次に見本なしで再度並び替える。単語は本人の好きなお菓子や芸能人の名前)。
ステップ・V:読める全体量を少しずつ増やす
 2語文から始め,絵をそえた短いことわざを読む,1こま漫画を見て簡単な質問を読んで答に○をするなど,読みの量を少しずつ増やす取り組みを重ねた。拗音や促音なども指導方法に工夫が必要だったが習得し,3年生になった現在は,15行程度の文牽を読み内容を正確に把握できるようになった。読みの題材には,本人が興味を持つ料理や動物の生態の話を手作りのプリントにして用いている。
このような学力指導では,その子の特徴に応じ指導方略を練り,教材を選び作成し,子どもの反応(課題を進めるプロセス,特に失敗の仕方)を見ながら題材や指導法を常に修正・工夫していくことが不可欠である。異体的指導法を紹介したLDへの学力指導事例が,書籍などでも報告されている(*10、*11、*12、*13)ので,事例に合わせてアレンジし用いることもできる。

VII.まとめ

子どもの発達援助のためには,何よりも子どもの発達の状態を十分理解することが重要である。
 認知能力のアンバランスが大きな特徴であり,合併障害を有することが多く,また,理解されずに二次的な心理的問題を生じやすい学習障害では,その認知面の特徴,他の発達障害の有無,二次的問題の把握が,ことに大切である。ここでは,学習障害の基本的理解のために,概念,症状,診断を述べ,対応の一助とすべく,治療教育の基本,教育現場の実際,薬物療法に触れ,より具体的な対応を事例で示した。

●文献
*1)融道男,中根売文,小見山実:ICD-10精神および行動の障害臨床記述と静断ガイドライン,医学書院,1993
*2)高橋三郎,大野裕,染谷俊幸:DSM-IV精神疾患の診断と統計マニュアル,医学書院,1996
*3)宇野彰:学習障害の神経心理学的解析一神経心理症状と局所脳血流低下部位との対応一.脳と発達 31:237〜243,1999
*4)宮尾益知:学習障害の大脳生理学一病態解明と神経生理学的アプローチー.脳と発達31:249〜256,1999
*5)山口修平:小脳と認知機能.神経進歩44:810〜819,2000
*6)松石豊次郎,山下裕史郎:神経生化学的にみた学習障害.脳と発達31:245〜247,1999
*7)彦坂興弄:精神機能の神経科学的アプローチ.実験医学18:2668〜2672,2000
*8)森永良子,中根晃責任編集:LDの見分け万一診断とアセスメントー.日本文化科学社,1997
*9)斉藤久子監修,石川道子,杉山登志郎,辻正次編著:学習障害一発達的・精神医学的・教育的アプローチー,プレーン出版,2000
*10)上野一彦,牟田悦子(共編著):学習障害児の教育一診断と指導のための実践事例集一,日本文化科学社,1992
*11)藤田和弘,青山真二,熊谷恵子編著:特殊学級・養護学校用長所活用型指導で子どもが変わる一認知処理様式を生かす国語・算数・作業学習の指導方略−.図書文化社,1998
*12)竹田契一,里見恵子,西岡有香著:図説LD児の言語・コミュニケーション障害の理解と指導.日本文化科学社,1997
*13)竹田契一監修,太由信子,西岡有香,田畑友子著:LD児サポートプログラムーLDはどこでつまづくのか,どう教えるのか−.日本文化科学社,2000