◆21世紀の小児科とボランティア(2000年12月発表)


本論文は、雑誌「ASAHI Medical」(朝日新聞社発行)の2000年12月号に掲載されたものである。
なお、著者の国立大蔵病院・田原卓浩小児科医長は、特定非営利活動法人発達共助連の理事でもある。

◇医療におけるボランティア

「ボランティア」の語源は、「志願」あるいは「意思」を意味する言葉であり、元来『共に生きる社会を目指すこと』や『自発性と無償性』が根幹をなす意思を指している。ところが、日本ではまだ滅私奉公的・禁欲的な印象が名残としてあるため、身構えてしまうことになりやすい。しかしながら、ボランティア活動に参加する目的は、あくまでも参加する人自身が有形無形の恵みを得ることなのである。
医療の現場におけるボランティア活動の先進国アメリカでは、新生児集中治療室(NICU)の施設内で小さな赤ちゃんを抱っこする「カドラー」と呼ばれるボランティアや、病院を支援するお店で買い物や食事をすることにより、そのお店の収益の一部を病院に寄付するようなチャリティー活動を通じてのボランティアといったように、多彩なボランティア活動が活発に行われている。

◇子どもの<こころ>を支えるボランティア

21世紀の小児医療には、「臓器移植」「遺伝子治療」などの高度先進医療を取り入れていくことが不可欠である。その一方では、少子時代の到来・核家族化などの社会環境の変化ともあいまって、肥大化する<こころの病>に対する医療体制も、今後さらにその重要性が増すと考えられる。1
しかしながら、この分野は子どもならびにその家族の「個性」と対面するために、マニュアルを応用することは不可能であり、必然的に十人十色・百人百棟の対応が必要となる。また、カウンセリングや薬物療法を行う場合でも、子どもたちの生活の「場」である家庭や学校(幼椎園)で過ごす時間が圧倒的に長い子どもたちにとって、彼らが病院あるいは治療の「場」に滞在する時間はきわめて短く、院内での限られた診療時間のなかで得られる情報には限りがあるといわざるをえない。
特にカウンセリングや薬物療法を行う場合は、彼らの生活の場面での情報が、さらに重要となる。家族の目からの情報に加え、地域や学校の目から見た情報の提供などが大いに役立つことはいうまでもない。
国立大蔵病院(東京都世田谷区)では、1980年代半ばから、「どのようにすれば“こころの病”を持つ子どもたちと、より長い時間接点を持つことができるか」を模索し始め、1990年代に入ってから、小児科医・カウンセラー・教師・看護婦・ボランティア(自分の子どもが“こころの病”を抱えていた母親、かつて自分自身が“こころの病”を抱えていた若者や、この分野に関心のある学生など)から構成された『発達共助連』(図1)と病気と学校とリンクしたネットワークケア(図2)を展開している。こうしたボランティア団体とリンクすることにより、院外でのさまざまな活動が患児・家族に提供されるようになり、学校・地域との連携や、緊急時の互助、親同士の情報交換の場の確保など、院内での医療の有効なサポートとなってきている。
一方、院内においては、2年前からは精神科も加わり、多彩な訴えに対してより柔軟に対応できるようにスタッフも拡充され、“成育心理外来”としてスタートしたが、「家庭」を中心とした「病院」「学校」『発達共助連』によるネットワークケアの稼動の中心を成すのがボランティアの存在であり、ネットをつなぐ活動の多くは、院外および診療時間外に行われるため、必然的にボランティアがその中心となる。ボランティアが連携を深めるために、学校訪問や家庭訪問をする際にどのような資格で行動するかなどの課題は存在しているものの、共助連の活動は、夏・冬の宿泊キャンプなど年々盛んになり、子どもたちをサポートする場の充実とともに、継続的で多面的なボランティア活動を展開している。
なかでも学生を中心とするデディベロップメンタル・サポーター(DS)派遣による個別の療育プログラムは、これまでの医療と教育の隙間を埋めるものとして注目され、教育現場からの期待も大きい。

◇ボランティアが変える21世紀の小児医療

医療を提供する医療施設の近代化は目覚ましく、電子カルテ・クリティカルパスなどの最新の技術が導入されつつある。建物にも自然環境を組み入れたり、ベッドごとにパソコンが設置されたりとハード面のアメニティーが格段の進歩を遂げつつあるが、医療そのものを高いレベルに保つためにはその「場」に参加する人間(医療チーム)が、“癒し”や“思いやり”といった「こころ」を持ち合わせて一緒によりよいサービスを提供する寡囲気を高めることが重要である。
このためには、ボランティアが医療チームの一員として参加できる環境を整えることが望まれている。
現在建築が進められている、国立成育医療センター(仮称)に隣壊して建設されることになった“マクドナルドハウス”は、ボランティアの活躍できる「場」の一つとして期待されている。このマクドナルドハウスは患者家族宿泊施設として、既に世界18カ国203カ所に開設されており、アジアでは香港・マレーシアに次いで3番目になるが、その運営が基本的にボランティアに委ねられているところが特徴の一つである。
このほかにも、前述した『発達共助連』にみられるようなボランティア機能が病院にリンクすることにより、気軽に参加できる医療ボランティアの「場」がさらに拡がり、病院のサービス向上や医療の受け手である患児ならびにその家族からのニーズに柔軟に対応できる機能の拡充が実現すると期待されている。