◆医師・カウンセラー・教師による不登校へのチームアプローチ(1996年発表)

田原卓浩(国立大蔵病院小児科)、伊澤正雄(国立大蔵病院小児科セラピスト)、
阿子島茂美(明星学園小学校教諭)

はじめに
現代の子供の生活リズムは、家庭・学校・塾(各種の習い事)の3つの場を連日回り続けることが多く、疲労から過労へつながりやすいとされている。
不登校もこの様な環境が一因となって現れてくると考えられるが、不登校児をケアする場合においてわれわれが割くことのできる時間はきわめて短く、病院などの接点から前述の「生活の場」に戻ったとたんに、雲間から除いた太陽を見失うことになる子供が多い。
この点を補うために、われわれは医師・カウンセラー・教師に加えて不登校児をもったことのある親・不登校の経験者・学生などのボランティアを含めたグループ(「連」)を組織して、激増しつつある不登校児に対して地域ぐるみのネットワークケアを行っているので、その実体を紹介する。

1.背景

当院心理外来(週1日)は、1983年(昭和58年)から現在の体制となり、1994年(平成6年)までの統計では203名を対象として診療を行い、このうち不登校児は70名であった。この12年間を、1989年を境にその前後に大別して不登校児数を比較してみると、図1のように前半期(14%)に対して後半期(45%)で優位となっている。また、不登校児に対する診療時間を比較すると、前半期では全患児に要した時間の29%であったのに対して、後半期では63%と患児数と同様に大幅な増加を示している。
一方、不登校児が訴える症状は従来言われているように、腹痛・頭痛・発熱・悪心/嘔吐・疲労感の順に多い。また、不登校児の訴えた症状がどの程度の割合を占めているかをみてみると、表1に示したように発熱・腹痛・疲労感は7割以上を占め、頭痛・悪心/嘔吐も6割以上といずれも不登校児にはきわめて高頻度に認められる症状であることがわかる。
さらに、不登校児の「質(態様)」を前述の前半期と後半期で比較してみると、前半期では、いやがらせをする生徒の存在や教師との人間関係あるいは親との葛藤などの学校生活・家庭生活上の各種問題点のために登校できないと言った「プライドの損傷」型から、登校の意志はあるものの体の不調を訴えて登校できない、あるいは不安を主体とした情緒的不安定さから登校できないといった、いわば「情緒混乱/過剰適応」型へと推移してきていると考えられる。
このために長期化する傾向を示すカウンセリング(セラピー)に対処するために、長期療育を必要とする障害児を対象としていた自主グループを発展させ、<発達共助連>を組織して意識的に主に不登校児を対象としたチームアプローチ(ネットワークケア)を試みるようになった。

2.チームアプローチ(ネットワークケア)

発達共助連が正式に発足したのは1991年で、当院小児科心理外来でカウンセリングを受けた経験のある家族を中心にして、不登校・登校拒否に留まらず、家庭内暴力、学力障害、これらに起因する家族全体の問題をも含めて個別療育活動を行ってきた。
カウンセラーひとりで行える療育活動はおのずと限られているが、発達共助連への参加者が増えるにつれカウンセリング業務の合理的な分担ができるようになり、前述のさまざまな問題点について単なる判定業務に終わらず、療育場面にまでふみ込み、家族の生活している現場で解決もしくは改善を図ることが可能となり、この姿勢を基本としているのが我々のチームアプローチの特徴である。
図2に示したように、初診の患者さんは小児科一般外来を受診して診察ならびに必要とされる血液・尿検査などをうけ、1〜2週間後の再診時に心理的要因の関与が大きいと疑われた場合には「心理外来」の受診を進めることになる。しかしながら、不登校が明らかであったり、すでに一次的スクリーニングを受けたうえで紹介された方は可能なかぎり早い時期にカウンセリングが受けられるように調整をしている。
心理外来の初診では、親子での受診を原則としており、まず親子別々の聞きとりから始まり、その後P−Fスタディ、MMPI、K−ABCなどの検査を施行したうえで、本人の心理的要因が大きく関与していると判断された場合に、より積極的なカウンセリング(セラピー)に入ることになる。
定期的な当院でのカウンセリング(セラピー)の方針が決定されると、本人自身の環境の認知の変化あるいは環境要因となる学校・家族などの変化に対する適応障害の程度を評価し、そのうえで「学校訪問」ならびに「家庭訪問」の必要性について検討をする。その必要性の判断基準は次に示す通りである。

 学校訪問
 (1)親から<患児の>情報が得られない場合、あるいは親からの<患児の>情報が疑わしい場合
 (2)学校に関わる要因が大きいと疑われる場合
 (3)親からの要望がある場合
 家庭訪問
 (1)実際の親子関係を見る必要のある場合
 (2)患児が来院できない場合(閉じこもりなど)
 (3)学校から<患児の>情報が得られない場合

現在までに、「学校訪問」あるいは「家庭訪問」が必要であった患児の割合を不登校児と他の障害児(学習障害など)とで比較してみると、不登校児の55%、他の障害児の41%がいずれかの「訪問」を必要としていた。当院での不登校児のカウンセリング(セラピー)において、家庭や学校へ出かけることは治療効果を高める手段の一つであると言っても過言ではないと思われる。
しかしながら、任意で行っているこれらの「訪問」では、カウンセリング過程での「情報の開示」と「患児・家族のプライバシーの保護」とのバランスの維持や訪問するわれわれに与えられうる資格などが、今後の活動がさらに広がるにつれて障害となりうると危惧していることも、また事実である。

このような過程を経て、日常生活の場における発達共助連(参加75名−1996年3月現在、ただし1名とは1家族の代表者を表すため、実働人数は75名以上)を軸にした個別療育をより有効に実践するための方針として、下記の2点を中心としている。
1)個別カウンセラー機能と家庭教師機能とを併せもつ連員が療育にあたる。
 担当:学生(大学院生)
    主婦・塾の講師
2)地域と結びついた集まりを形成し、複数での療育活動を通じて家族全員が連員との交流をもつ。
 担当:医師・カウンセラー・看護婦
       教師(小・中・高)
       主婦・学生・会社員
       教育相談室職員・児童相談所職員
       不登校経験者・不登校児の親族など

この基本方針のもとに、現在、7つの発達共助連の活動を展開しており、カウンセリングにはデイ・キャンプ、スキーなどの屋外でのケアや患児主体の情報誌の発行、さらには進学に関する情報交換も定例会(月1回)などを通じて行われている。不登校児の受診が当院「心理外来」全体の受信回数の中に占める割合は、1990年(75%)をピークにしてその後漸減してきている。
このことは、従来の「病院でのケア」という枠を飛び出したチームアプローチ(ネットワークケア)が軌道にのり、日常的な個別・集団療育を必要とすることの多い不登校児に対して、十分に機能し始めていることを示していると考えられる。
しかしながら、チームアプローチの経過のなかで不登校が再発(再燃)した場合には、精密検査を理由に緊急避難としての入院を勧めて、学校のみならず家庭の両者から一時的な分離を図り、患児に休養をとらせることも、治療療育効果を高める手段の一つとして評価している。

まとめ

当院で行っている”不登校児に対するチームアプローチ”の概要を紹介した。十人十色、百人百様の対応を余儀なくされる、このような心理学的療育に共通した指針を求めることは不可能といわざるをえないが、多人数の目に囲まれての良い「おせっかい」を供給することは、継続的な支えを必要とする不登校児に対するプライマリケアの一つとして、きわめて重要であると考えられる。

文献1)稲村 博:不登校の研究、新曜社、東京、1994
  2)伊澤正雄、他:ネットワークケアからみた不登校児の変遷、第42回日本小児保健学会講演集、pp450−451、      1995